やがて、この「香りを捨てたヨーロッパ」と「香りの国アラブ」が再び出会うときがやってきます。それが有名な十字軍の進攻です。十字軍の兵士たちは、アラビアやペルシャから香料や香料の蒸留方法を持ち帰り、ヨーロッパに再びアラビア由来の香りが伝わったのです。
これ以降、ポルトガル人が喜望峰経由の航路を開いたことにより、ヨーロッパでは香料貿易を自分たちの手に独占します。そして、自分たちの香り文化というものを発展させていきます。中でも16〜17世紀のペストの流行は、香りの力を発見する、新たな契機となりました。人々はオレンジの実にクローブをさしたポマンダーをつくり、その香りによってペストの流行を防ごうとしました。香りの薬理効果が、人々に期待されたのです。実際にどの程度効果があったのかは、残念ながらわかりませんが、これにより多くの人々の命が救われたということも、あったのかもしれません。
19世紀に入ると、科学の進歩により、病気を治すための新薬が次々と開発されます。その一方で、香りによって病気を治そうとする考え方は、急速に忘れ去られてしまいました。香りはあくまでも「楽しむ」だけの存在になってしまったのです。
ところが20世紀に入り、病気に打ちかったかに見える私たちのもとに、新たな試練が降りかかってきました。それが「ストレス」という名の現代病です。病原菌を滅ぼした近代医学は、原因のはっきりした病気に対しては絶大な効果を発揮する一方、心理的に不安定だったり、気持ちが落ち着かないことで病気になってしまう人のことを治すことが難しいのです。このような現代病に抵抗するには、まず人間としての機能を高め、精神と肉体を健康に保つことが一番であるという考え方が生まれてきます。そして、その考え方にもっともあてはまる療法が、古代から人々に親しまれてきた、「香りの療法」アロマテラピーだったのです。
以上が、現代のアロマテラピーに繋がる香りの歴史です。こんなに長い歴史を経て、今みなさんのところにアロマテラピーという道が開かれていると思うと、ちょっと素敵だと思いませんか?
さて以下の表は、いままでの話を表にまとめたものです。学習の参考にしてください。
香りの世界から見た歴史
3000年代
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エジプトのミイラ製造に、没薬、肉桂などの香料が使用される。
エドゥフ神殿(エジプト)に残るヒエログリフに、香料の調合法が記されている。 |
1600頃
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古代ギリシャのピロスの覚書に、ユーデデス、、ティエストなど調香師の名前が見られる。 |
1350頃
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ツタンカーメン(BC1350〜1344)のミイラに乳香、甘松香、バルサム等の香料が用いられた。 |
1101
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フェニキア人による香料などの地中海貿易が活発化し、チュニジアのウティカに交易港ができる。 |
814
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フェニキアの植民都市カルタゴの建国、カルタゴ人は高水準の香料製造技術を持つ。 |
800頃
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シバ(南アラビア)の女王、ソロモン王に多量の香料を献上する。 |
460頃
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医学、薬学の父と呼ばれるヒポクラテス(BC460〜375頃)が活躍。 |
300頃
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ギリシアの薬学者テオフラストス(BC372〜288)が、著書「匂いの研究」で香油や香膏の作り方を紹介。
マケドニアのアレクサンダー大王(BC356〜323)が、香料の豊かなシバの征服をもくろむが失敗。 |
240
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カルタゴ軍の総指揮官ハミルカは、香料工場をつくる。 |
159
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前漢の武帝(BC159〜87)の命によりシルクロードが開かれ、東西の香料の交易が行われ始める。 |
BC
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クレオパトラは、多量の香料の力を得て、BC47年にシーザーと、BC2年にはアントニウスと蜜月になる。 |
AD
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イエス・キリストの誕生を祝い、東方(ペルシャ)の3博士が乳香、没薬、黄金を献上。 |
2
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インドの医師スシュルタが、芳香性生薬に詳しい薬学書を編集。 |
77
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ディオスコリデスが[薬物誌]を公刊、これを基にアラビア本草学が発展する。 |
100頃
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ローマでギリシャ同様の香料熱が興り、香料使用料が最大になる。香水風呂も流行する。 |
610
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マホメットの出現により、アラビア人の香料文化がイスラム教とともに広がる。 |
756
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麝香、沈香、甘松香などの香料が聖武天皇の遺品として東大寺に献納される。 |
800
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チュニジアにアグラブ朝が成立、アラブの香り文化が浸透する。 |
1000頃
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ペルシャのアビケンナ(980〜1038)が、水蒸気蒸留法を発明。またアラビア医学の集大成とも言える[医学規範」を著す。この著書は17世紀頃までヨーロッパで医学生の教科書とされた。 |
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十字軍の侵攻(1096〜1270)に伴い、アラビアやペルシャの香料がヨーロッパに広まる。 |
1150頃
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マラッカ海峡を基地にしたアラビア人による香料交易が隆盛をきわめる。 |
1350頃
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スペインのアルノー・ド・ヴィルヌーヴらが、アラブの錬金術をヒントにアルコールを再発見する。 |
1370
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エリザベート王妃の命によりアルコールをローズマリーの葉と一緒に蒸留して作った「ハンガリー水」発売。 |
1489
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銀閣寺建立後、足利善政が志野宗信に「香道」の確立を指示する。 |
1508
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フロレンスの修道院の中に香料製造工場ができる。その後ヨーロッパにポプリの流行をみる。 |
1511
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ポルトガルにより喜望峰経由の航路が開かれ、香料・香辛料交易の実権がヨーロッパ人の手に移る。 |
1600頃
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ローマの名門貴族フランギパ二が、麝香と霊猫香を配合した香粉を創案する。 |
1700頃
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オレンジの花の香りをつけた手袋をネロラ国公妃アンヌ=マリー・ド・ラ・トレムイユが愛用。ネロリの語源。 |
1693
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イタリア人ジャン=ポール・フェミニスにより、ドイツのケルンでオーデコロン(ケルンの水)が発明される。 |
1834
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初の合成香料ニトロベンゾール出現。また1893年にはスミレ様の匂いイオノンの合成に成功。 |
1900年代
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揮発性溶剤による精油の抽出法などが生まれ、香料界における化学技術が躍進する。 |